高齢社会を支える介護職・介護技術の設備が急務
現代社会の最も大きな課題の一つは、高齢社会にどう対応するかということである。
そこで問われているのが、「介護」という言葉をキーワードにした、援助理念(人間観)、問題把握、援助資源、援助方法である。
この背景には、援助される存在としての高齢者観が横たわっている。
世界に類をみないスピードで進展する高齢社会、その結果としての要援護高齢者の急増。
政府は、これを乗り切るために、ゴールドプランの策定を都道府県市町村に義務づけ、さらに公的介護保険導入の検討を急いでいる。
これは主として、ホームヘルパー、特別養護老人ホーム、老人保健施設などに代表される援助資源づくり、ケアマネージメント、ネットワークなどの援助体制およびその基盤づくりを意図するものである。
このような社会資源の質量ともの拡充には、当然のことながらそれを運営していく際に関わる人材が要請される。
その結果、「介護」の職業化が進んでいる。
ところで、前述のように、政策次元での高齢者問題の中心は、援助される存在としての高齢者への対応である。
しかしながら、実際の援助場面での高齢者は決してこのような存在ではなく、日々生活している人間である。
生活の利便性を求めるのみならず、全体としての豊かさを求めている。
介護の仕事は単なる技術ではなく、その人の生活づくりの支援である。
宋の時代の学者朱新仲が「人生五計説」という生き方を説いている。
生計、身計、家計、老計、死計の五計である。
死計とは、自分の死に向かってどう生きるかという生き方論である。
人生最後の計画が死計とは、やや奇をてらっている感もあるが、
「生き甲斐」中心で、操作概念のような、今日の高齢者福祉施策をみると、この指摘は非常に興味深い。
「死」がなじまないという人には、「四住期」という考え方がインド哲学の中にある。
学生期、家住期、林住期、遊行期である。
遊行期は、現世のしがらみから解放され、悠々と生きる時期である。
思想は共通している。
高齢期とは、まさに死に向かい生きる時期である。
究極の介護とは、死に向かう最後の生をいかに充実させるかであると考えている。
それに付き添うのが介護者である。
かつては親族がこれを行っていたが、今日、その一部が社会化され、職業として営まれることになった。
高齢社会の現実を考えるとこれは避けて通ることはできない。
介護を職業とする人は是非このことを忘れないでいただきたい。
介護の技術とは、最終的には高齢者に、死に向かって生きている、人生の集約期ともいうべき時期に、やすらぎを与えるものでなければならない。
人生の最期にこの人と出会えてよかった、この人の介護を受けてよかった。
このように思われる介護者になれたら、素晴らしい人生の援助者である。
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