言語聴覚士の資格化の道のり
コミュニケーションと食べる障害にかかわる仕事として誕生
『ヘレン・ケラー物語』を知っているだろうか。
主人公へレン・ケラーは実在のアメリカ人女性だ(1880~1968年)。
彼女の全生涯については知らなくても、赤ん坊のときに高熱で視力と聴力を失い、幼時期を他人とまったく会話することなく過ごしたこと。
それが家庭教師サリバン女史と出会い、聞くこと・話すことができるようになり、人として当たり前の他人とのコミュニケーションができるようになったという感動的な前半生については、一度は聞いたことがあると思う。
言語聴覚士は、このヘレン・ケラー物語に登場するサリバン女史のような役割が期待される職業だ。
聞く力、話す力を養うという役割。
けれど、それがすべてというわけでもない。
サリバン女史から連想する言語聴覚士像というと、「話すことや聞くことに障害のある子どもに訓練をする人」になってしまうが、それは言語聴覚士としてはごく一部の姿に過ぎない。
実際の言語聴覚士は、子どもに限らずお年寄りまでを含めたあらゆる年代の人を対象に仕事をしている。
そして、「聞く・話す訓練」だけではなく、高度な機器を使った聴力検査や、また「食べることの障害」にもかかわっている。
言語聴覚士の誕生
「言語聴覚士」は、じつはたいへん新しい資格職だ。
1997年12月、国会で成立した「言語聴覚士法」によって誕生。
第1回国家試験が行われたのは、21世紀を目前に控えた1999年のことである。
とはいえ、法律ができるまで言語聴覚士がまったくいなかったのかというとそうではない。
すでに半世紀近くにわたって、医療、福祉、教育という広い分野で活躍していたことが記録されている。
文献によれば、1900年前後に、言語療法の基礎的な医学理論がドイツから伝えられ、大正から昭和にかけての1920~1930年頃に、大学病院で診療が始まっている。
同時期に、東京都内の小学校数カ所に「吃音学級」や「難聴学級」が設けられた。
「吃音」とは言葉を発する障害があること、「難聴」とは聞く障害があることを意味するが、
こうしてみると戦前にはすでに、話すこと・聞くことに障害のある児童を、専門に教育するクラスが設けられていたことがわかる。
戦後は復興まもない1950年代に、千葉県の小学校に「言語治療教室」が、そして1958年には国立ろうあ者更正相談所が設立され、活動のベースは広がっていった。
1971年には、わが国初の養成校である国立聴力言語障害センター付属聴能言語専門職員養成所が開設され、
70年代半ばには100~200人、80年代半ばには600~700人、90年代に入ると5200人ほどが、いわゆる「言語聴覚士」の業務を行っていたようだ。
このように言語聴覚士の歴史は、決して真新しいものではなく、医師や看護師などとほぼ変わらぬ歴史が積み重ねられている。
当然のことながら早くから、法律の整備と国家資格化を望む声は高まっていた。
そして実際に資格化の検討は、理学療法士や作業療法士、視能訓練士などと同じ1960年代に始まったのだ。
しかし、当時は結局見送られ、30年以上遅れての誕生となった。
その理由はさまざまあるようだが、ひとつは
「はじめからその活躍のベースが幅広過ぎた」
ということが言われている。
そもそも言語聴覚士の資格化を望む声は、医療の分野で活躍する関係者から高まったというが、その仕事を「幼児教育の一環」とする意見もあり、
そのため検討会で、
「医療職として資格化してよいものなのか」
「医療職とは呼べない。あまりにもほかの医療職と比べて異質だ」
との声に押されてしまい、資格化は却下されてしまったという。
また、「養成課程は4年制であるべき」という意見があったことも、資格化の道をはばんでしまったといわれている。
このような意見に対しては、当時検討会の意見をまとめる立場にあった厚生省(現・厚生労働省)が、
「医師、歯科医師以外の医療職は、高校卒業後3年課程が基本となっている」
との理由で受け入れず、なかなか資格化の法案はまとまらなかった。
資格化検討の動きは、その後も何度か行われたが、医療か教育かという意見がまとまらず時を経てしまう。
最終的な検討は1988年に始まったが、このころになると、名称が議論の的にもなった。
すでに巷間では、それぞれに職能団体が作られ、
「言語療法士」「言語治療士」「聴能言語士」「臨床言語士」、欧米の職種名をカタカナ読みした「スピーチセラピスト」、
さらにはその頭文字をとった 「ST」などさまざまな名称を用いて活躍する先輩たちの姿があったためだ。
最終的には検討会での協議で、いずれかの名称を採用するのではなく、まったく新しい 「言語聴覚士」という名称を作った。
現在は「言語聴覚士」、通称STと呼ぶのが一般になっている。
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